橘曙覧「独楽吟」の世界 素晴らしい和歌と「楽しみは・・・」

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すすき

平成六年(1994年)6月に、天皇・皇后両陛下がアメリカをご訪問されました。
時のアメリカ大統領・クリントンは、その歓迎の挨拶の中で、一首の歌を引用しました。
その歌は橘曙覧の「独楽吟」の中の一つでした。

♪たのしみは 朝おきいでて 昨日まで
 無かかりし花の 咲ける見る時 ♪

朝早く起きて庭に出て、昨日まで咲いてなかった花が咲いてるの見つけると、なんかテンション上がるよね

という意味ですけど。

春の花

 

橘曙覧

幕末の福井藩に生まれ、江戸時代末期に活躍した橘曙覧(たちばなのあけみ)。
万葉集などの古体歌への深い理解をベースにして作り上げた独特の作風は、越前藩の名君と言われた松平春嶽などに大きな影響を与えました。
日常の些細な出来事に楽しみを求め、その喜びがストレートに使わる歌は彼ならではのものです。

極貧の中、自分にたかるノミやシラミについて歌うなど赤裸々な日常生活を題材とした歌を数多く読みました。

やをら出でてころものくびを匍匐(はひありき)
我に恥見する蝨(しらみ)どもかな

綿いりの縫目に頭(かしら)さしいれて
ちぢむ蝨(しらみ)よわがおもふどち

特に食べ物を題材とした歌は本当美味しそうで、私は大好きです。

たのしみは小豆の飯の冷(ひえ)たるを
茶漬(ちやづけ)てふ物になしてくふ時

たのしみはまれに魚煮て兒等(こら)皆が
うましうましといひて食ふ時

中央で活躍した歌人ではなかったので、世に知られていたわけではありませんでしたが、明治になって橘曙覧を再発見した正岡子規に絶賛されました。
「墨汁一滴」には「万葉以後において歌人四人を得たり」と書かれ、その中に橘曙覧の名前が有ります。
以後、子規を継承する人たち。例えば斎藤茂吉などにとっては彼は重要な存在で在り続けましたが、そういう世界に関係のない人にとってはクリントン大統領が彼の歌を引用するまで、一般には無名の人間でした。

私はこの歌を作った橘曙覧という方が昔から大好きで、時々紐解いていましたが、読むとなぜか癒されます。
渡部昇一さんは橘曙覧の世界観はシュタイナーを髣髴とさせるなどと語っていました。

私は橘曙覧に日本人の心の源流を見る思いがします。このような優しくも深い自然愛を私たちは継承していかなくてはならないと思っています。
私は本を買いましたが、今はネットですべてを見ることが出来ます。

すべてが癒やされますが、中でも有名なのは「独楽吟」です。
たのしみは・・・・・で始まる歌の数々。
ユーモアたっぷりの歌には心が温まります。

以下独楽吟のすべてを引用しておきました。

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独楽吟

獨 樂 吟       橘 曙 覧

たのしみは草のいほりの筵(むしろ)敷(しき)ひとりこゝろを靜めをるとき

たのしみはすびつのもとにうち倒れゆすり起(おこ)すも知らで寝し時

たのしみは珍しき書(ふみ)人にかり始め一ひらひろげたる時

たのしみは紙をひろげてとる筆の思ひの外に能くかけし時

たのしみは百日(ももか)ひねれど成らぬ歌のふとおもしろく出(いで)きぬる時

たのしみは妻子(めこ)むつまじくうちつどひ頭(かしら)ならべて物をくふ時

たのしみは物をかゝせて善き價惜(をし)みげもなく人のくれし時

たのしみは空暖(あたた)かにうち晴(はれ)し春秋の日に出でありく時

たのしみは朝おきいでゝ昨日まで無(なか)りし花の咲ける見る時

たのしみは心にうかぶはかなごと思ひつゞけて煙草(たばこ)すふとき

たのしみは意(こころ)にかなふ山水のあたりしづかに見てありくとき

橘曙覧3

たのしみは尋常(よのつね)ならぬ書(ふみ)に畫(ゑ)にうちひろげつゝ見もてゆく時

たのしみは常に見なれぬ鳥の來て軒遠からぬ樹に鳴(なき)しとき

たのしみはあき米櫃に米いでき今一月はよしといふとき

たのしみは物識人(ものしりびと)に稀にあひて古(いに)しへ今を語りあふとき

たのしみは門(かど)賣りありく魚買(かひ)て煮(に)る鐺(なべ)の香を鼻に嗅ぐ時

たのしみはまれに魚煮て兒等(こら)皆がうましうましといひて食ふ時

たのしみはそゞろ讀(よみ)ゆく書(ふみ)の中に我とひとしき人をみし時

たのしみは雪ふるよさり酒の糟あぶりて食(くひ)て火にあたる時

たのしみは書よみ倦(うめ)るをりしもあれ聲知る人の門たゝく時

たのしみは世に解(とき)がたくする書の心をひとりさとり得し時

たのしみは錢なくなりてわびをるに人の來(きた)りて錢くれし時

たのしみは炭さしすてゝおきし火の紅(あか)くなりきて湯の煮(にゆ)る時

たのしみは心をおかぬ友どちと笑ひかたりて腹をよるとき

たのしみは晝寝せしまに庭ぬらしふりたる雨をさめてしる時

たのしみは晝寝目ざむる枕べにことことと湯の煮(にえ)てある時

たのしみは湯わかしわかし埋火(うづみび)を中にさし置(おき)て人とかたる時

たのしみはとぼしきまゝに人集め酒飲め物を食へといふ時

たのしみは客人(まらうど)えたる折しもあれ瓢(ひさご)に酒のありあへる時

たのしみは家内(やうち)五人(いつたり)五たりが風だにひかでありあへる時

たのしみは機(はた)おりたてゝ新しきころもを縫(ぬひ)て妻が着する時

たのしみは三人の兒どもすくすくと大きくなれる姿みる時

たのしみは人も訪ひこず事もなく心をいれて書(ふみ)を見る時

たのしみは明日物くるといふ占(うら)を咲くともし火の花にみる時

たのしみはたのむをよびて門(かど)あけて物もて來つる使(つかひ)えし時

たのしみは木芽(きのめ)煮(にや)して大きなる饅頭(まんぢゆう)を一つほゝばりしとき

たのしみはつねに好める燒豆腐うまく煮(に)たてゝ食(くは)せけるとき

たのしみは小豆の飯の冷(ひえ)たるを茶漬(ちやづけ)てふ物になしてくふ時

たのしみはいやなる人の來たりしが長くもをらでかへりけるとき

たのしみは田づらに行(ゆき)しわらは等が耒(すき)鍬(くは)とりて歸りくる時

たのしみは衾(ふすま)かづきて物がたりいひをるうちに寝入(ねいり)たるとき

たのしみはわらは墨するかたはらに筆の運びを思ひをる

引用元:http://www.geocities.jp/sybrma/108dokurakughin.html

 

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